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2019年3月18日(月)
聖書

だいぶ雪も解けてきた、寒いのは好きではない・・・ほとんどの人は誰でもだろう・・・その訳、私の場合は暖房・除雪などの対応が面倒くさいからだ。除雪の場合は廻りも気になる疲れる・・・・これは北海道に住む人には避けて通れない、もう慣れるしかないのである、好き嫌いの問題ではない。北国の人は風雪に耐えている・・・格好いいがでも・・・しかたないからだ。これからは寒さのストレスから解放される。今年は地殻変動など起きてほしくないが・・・近年災害が多いような気がする、昔はそんなにあっただろうか。聖書を読むとこの世の終わりに何が起きるか詳しく書かれているのである。地震が起きるごとに聖書の言葉が脳裏に浮かぶのである。私の両親はクリスチャンである。そのせいで私も同じである。親と同じ団体に入っている。聖書(福音書)の中にこう書かれている。弟子がキリストに問うた「・・・世の終わりには、どんな前兆がありますか・・・」キリストは答えて「・・・・また、戦争と戦争のうわさを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起こらねばならないが、まだ終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起こり、また地震があるであろう。しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。・・・」とある。いままで聖書の予言は当たっていると・・・。聖書は世界でベストセラーの本になっている。世界一読まれている本であり、世界一翻訳されている本である。日本人なら誰でも知っているであろう。日本のキリスト信者数は190万人くらいだそうだ。他の神道系・仏教系などは1億7千万人もいる。日本ではキリスト信者が圧倒的に少ないのである。信者でなくても家にパンフレットを持ってくる人は知っているであろう。エホバの証人とかいろいろなキリスト関係団体の人が布教活動をしているからである。私も学生時代に旭川の六条教会へ通ったことがある。当時は三浦綾子さんにも会っている。私の学生時代はパソコンもスマホもない、カシオの電卓が出始めたころである。コンビニもない・・・そんなのどかな?時代を過ごしていた。旭川は15歳の時から寮生活、下宿生活・・・8年近く過ごした。その時期に外人宣教師グループがやっていた聖書サークルに参加していた時期もある。聖書の中身に触れた最初になる。それ以前に教会へ行ったことはある、家でも教会の集会があり説教も聞いたことは当然である。私の行った幼稚園もキリスト教が運営していた。・・・もう何十年も旭川には行っていない。大麻は実家があり、随分長く住んできた。もうここが最後の居住地になるであろう。年のせいか聖書も読まなくなった・・・・聖書の通読という言葉がある、聖書は旧約と新約がある、通常は合わせて聖書としている。通読とは最初の創世記からヨハネの黙示録まで読むことをいう。400ページくらいある。1ページの文字数が半端でない。私は3回くらい通読している。部分部分を読むのが普通であるが、通読はクリスチャンのチャレンジである。世の終わりは始まっているのか・・・終末は地殻変動で終わるのか・・・核兵器の乱発で終わるのか・・・北朝鮮も外貨稼ぎに核兵器を売るのではないか、それがテロリストが買えば・・・自爆するのがテロリストだから核兵器使用を躊躇うことなんかしない。入荷次第、先制攻撃である。北朝鮮を追い詰めたらどうなるだろうか。政治は難しい・・・解決できるのは政治では無理である・・・スポーツとか交流である。助け合いである、潰しあうことではない。政治家の口癖は国益を守るである。これじゃ解決は無理である。北方領土も延々と先送りである。政治家の逃げが先送りである。天下り問題も解決したように見えるが玉虫色である、延々と天下りは続くのである。政治にかかわる人は性格なのか・・・やりたいとは思わない・・・先生と呼ばれることがいいのか?私にはわからない・・・使命感なのか・・・・。いま大阪を見れば一目瞭然である・・知事選・市長選ダブル選挙だとか・・・しがらみ・・・騙しあい・・・もめにもめて・・・結果どうなるのか。好きでやっているのか。2代、3代めとか・・・親がやっているから・・なのかどうか。政治家もいろいろである、スキャンダルなども・・・レベル低下して来たのか。・・・チルドレンに問題が多いとか、そんな話で・・・話題が多い。私はマイペースを心掛けている。暮らしに波があれば体調不良になる、寿命まで体調よく、つまり健康で過ごせればと・・・それだけである、あとは・・もう欲張るときは過ぎた。
スクールの生徒もそれほど募集をかけていない、多く来れば疲れるからである。生徒一人一人を大事にすれば必然少人数になる。お互いにベストな状態である。でも大手スクールがこんな事したら潰れる。経費が不足する、そして倒産が待っている・・・。私の収入は少ないが満足している。最低限のお金で生活楽勝だからである。余計な出費はない。住まいと食だけで平安に暮らせる。それが生きるコツになっている。少人数だと生徒一人一人を考えることができる、どうやったら習得させることができるかと・・・皆一人一人違うのである、大手スクールのように一律に教えるから一部の人しか習得できないのである。つまり授業についていける人だけである。頭の回転だけではない、お金のある人が授業を受けれることも大手スクールの条件である。大手スクールは高額の料金だからである。よくよく考えると高額なのではなく、私のCADスクールが安いのである。でもだ5万円を超えたら私だったら躊躇うのである。必要がないと5万円越えはきつい。生活費にまわしてしまうか貯蓄に回す。東京オリンピックが過ぎると倒産する会社は軒並みふえるであろう、間違いない。おかしな会社は淘汰されていく。今のうちに消費せず貯蓄である。10月に消費税が上がった途端デフレになる。間違いない、消費者は賢いからである。実収入は上がらないからデフレになるのである。廻りを見たら値上がりしているのがわかる。自分で買いものしているから値札をみて・・・。聖書の言葉で何か言えと言われたらこれしかない。金持ちは天国へ行けないのである、こう書かれている・・・「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」意味深な言葉である。私は金を儲けようという考えは毛頭ない。だから生徒数に制限を設けている。スクールも10年以上は赤字決算が続いている。借入金の額も年々の積み重ねで・・・・な金額である。でも心配はしていない・・・私がスクールに貸しているのである。つまり私が最終的に負うのである。他人には迷惑をかけていない。